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福岡地方裁判所久留米支部 昭和61年(ワ)181号 判決

原告 德永輝雄

右訴訟代理人弁護士 三溝直喜

同 馬奈木昭雄

同 小宮学

被告 久留米市

右代表者市長 谷口久

右訴訟代理人弁護士 原田義継

右指定代理人 大津秀明

〈ほか一名〉

主文

一  被告は原告に対し、金二万五六八〇円及び内金二万〇六八〇円に対する昭和六〇年九月一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告、その余を被告の各負担とする。

事実

第一双方の求める裁判

一  原告

「被告は原告に対し、金一七万四四〇〇円及びこれに対する昭和六〇年九月一日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

旨の判決

第二双方の主張

一  請求の原因

「1 被告は久留米市上津町中尾山所在の清掃工場施設を設置管理しており、原告は環境部清掃業務担当業務第三係に所属する被告の職員であり、右清掃工場施設に勤務している。

2 原告は昭和六〇年八月三一日午前八時四〇分ころから右清掃工場施設内に在る駐車場に原告所有の普通乗用自動車を駐車していたところ、折から通過中の台風一三号による風雨のため、右工場施設内の旧工場建物及びプレハブ造車庫の一部が破壊され、その破片の一部が駐車中の原告所有自動車に飛来し、これを毀損するに至った(以下「本件事故」という。)。

3(一) 旧工場建物は昭和六〇年三月ころまで稼働し、それ以降は全く稼働しておらず、そのため腐蝕が激しく、壁の一部が剥がれ落ちるなど危険な状態に在った。また、その直近にあるプレハブ造車庫も損傷が酷く、屋根や壁が不安定な状態にあった。

(二) 旧工場建物や車庫が右のような老朽化の状態で危険であり早急に撤去あるいは建替えが必要であることは、数年前から労使双方で構成する労働安全衛生委員会において指摘され、又職場要求として求められてきており、被告としても旧工場建物及び車庫の瑕疵についてはこれを知悉していた。

(三) 本件事故は旧工場建物や車庫の右に述べた瑕疵が原因で発生したものというべく、従って被告は本件事故の発生につき旧工場建物等を含む清掃工場施設の設置管理者として、国家賠償法二条一項に基づき、原告の蒙った損害を賠償すべき義務がある。

4 原告が本件事故により蒙った損害は次のとおりである。

(一) 原告所有自動車の修理に要する費用 金一四万九四〇〇円

(二) 本件訴訟を提起するに当り、訴訟代理人に支払を約した弁護士費用 金二万五〇〇〇円

5 よって原告は被告に対し、右損害合計金一七万四四〇〇円及びこれに対する本件事故発生の翌月である昭和六〇年九月一日から右支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

二  請求の原因に対する認否

「1 請求原因1項の事実は認める。

2 同2項のうち、原告が清掃工場施設内に駐車していたこと及び原告主張の当日折から通過中の台風一三号による風雨のため、市職員の自動車が損傷を受けたことは認めるが、その余の事実殊に右損傷を受けた自動車の中に原告所有の自動車があること、右損傷が旧工場建物及びプレハブ造車庫の破片が飛来したことによるものであるとの点は不知。

3 同3項(一)のうち、旧工場建物が昭和六〇年三月ころまで稼働していたことは認めるが、その余は否認する。

同項(二)のうち清掃事業安全衛生委員会から、旧工場建物の老朽化及び撤去の必要性の指摘を受けたこと及び右工場の撤去、車庫の建替えが職場要求としてもおこなわれたことは認める。

同項(三)の主張は否認する。

4 同4項の事実は不知。」

三  抗弁

「1 不可抗力

(一)  台風一三号は『九州の南海上を西に進み、九州直撃の可能性はない。』との福岡管区気象台の予報に反して急に九州を直撃することになったもので、被告は右台風襲来に伴なう災害防止措置を執る暇がなかった。

又台風一三号の規模は、右気象台によると、最大風速毎秒二〇・六メートル、最大瞬間風速四一・六メートルというものであり、このような大型台風の襲来は同気象台の過去六年間の統計上にも現われていない。

(二)  他方、被告は旧工場建物を閉鎖した後、炉の本体及び老朽化した付属施設を順次撤去するなど、その維持管理に努め、旧工場建物付近に立入禁止の立札を立て、ロープを張るなど立入禁止の措置を講じている。

又車庫についても、外壁、トタン等の破損したものは、その都度補修するなど必要な維持管理を行ってきており、通常有すべき安全性に欠けるところはなかった。

(三)  従って、仮に原告所有車両が原告の主張するように台風一三号の襲来によって被害を受けたとしても、右に述べたような事情から、本件事故は不可抗力によるものというべく、被告は工作物の設置、保存の瑕疵に基づく責を負ういわれはない。

2 過失相殺

(一)  原告は当時清掃事業安全衛生委員会の委員として、また労働組合の執行委員として、職場巡視の結果、その指摘事項の内容及びこれに対する被告の対応も熟知しており、旧工場建物及びその付近に危険防止のための立入禁止の措置がとられていることも十分承知していた。

(二)  又台風一三号が襲来した昭和六〇年八月三一日は土曜日で、旧工場建物の敷地外に本来の駐車場が空いていたのであるから、台風の襲来に際し、原告車両を急遽右駐車場に移動させることも可能であった筈である。にも拘らず、原告は本来の駐車場等安全な場所に移動させることなく、旧工場建物の南側に駐車した侭放置していた。

(三)  ところで、被告は原告ら市職員に対し、通勤に当り公共の輸送機関を利用することを前提に通勤手当を支給しているのであるから、本来自家用車の駐車場の確保は職員各自でおこなうのが筋である。因みに被告本庁においては久留米市職員共済会が民有地を借り受け、職員に対し有料で貸付けている。清掃工場については工場外に本来の駐車場を確保するとともに工場施設内の空地に便宜駐車を認めていたのである。

(四)  上記事情は原告側の重大な過失として本件事故による原告の損害の算定につき十分斟酌されるべきである。

3 修理費から控除すべき額

原告主張の修理費の見積金額一四万九四〇〇円のうち、金九万七七〇〇円はフロントウインドーガラス取替えとモールの取替えに要する費用であるところ、原告はガラスを削る道具を使って自分で削って従来の侭使用し、現に運行しているので、これらの費用は前記修理費中から控除すべきである。」

四  抗弁に対する認否、反論

「1 過失相殺の主張について

原告は被告が駐車を許容していた場所に駐車していたのであるから、原告には何ら過失はない。又加害者に無過失責任が認められる場合には被害者側の過失を斟酌し得るかについては、これを否定すべきである。

2 修理費から控除すべき旨の主張について

フロントウインドウガラス及びモールの取り替えの必要性は高速道路における走行中ウインドウが割れる危険性に基づくものであるうえ、雨天時における走行中視界不良を齎すものである。原告は応急措置を講じてはいるものの、その修理の必要性には何ら変りはないのであるから、これを控除すべしとの被告の主張は誤りである。」

第三証拠関係《省略》

理由

一  被告は久留米市上津町中尾山に清掃工場施設を設置管理しているものであり、原告は被告の職員で、環境部清掃業務担当業務第三係に所属し、右清掃工場施設に勤務しているものであることは、当事者間に争いがない。

二  原告が昭和六〇年八月三一日自己所有の乗用自動車を前記清掃工場施設内に駐車していたこと、同日午前中折から通過中の台風一三号による風雨のため、市職員の自動車が損傷を受けたことはいずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実と《証拠省略》を綜合すると、昭和六〇年八月三一日午前九州を直撃した台風一三号が福岡県を通過した際、前記清掃工場施設内の旧工場建物及び付近のプレハブ造の車庫等の屋根又は外壁の一部を吹き飛ばし、その破片の一部がその直近に駐車してあった原告所有の乗用自動車をはじめ数台に及ぶ市職員の自動車に飛来し、これを毀損するに至ったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない(尤も《証拠省略》によると清掃工場施設の付近には東側に養老院、南側に陸運事務所の各施設が存在することが認められるが、然し《証拠省略》によるとこれらの施設のうち清掃工場施設が丘陵地帯の一等高い処に所在していて、地形、風向、被害車両の所在位置等からして、右両施設や一般の民家からの飛来物による被害は考え難く、又それを疑わしめる形跡も全く存しない。)。

三(一)  《証拠省略》を総合すると、清掃工場施設内に在った旧工場建物(《証拠省略》の図面右側の既設炉と表示してある部分)は昭和五〇年三月ころまで稼働していたが、以後は操業を停止して全く稼働していなかったため、老朽化が進んで腐蝕が激しく、強風によって屋根や外壁の一部、付設の階段、煙突等が剥離落下し又は倒壊する危険に曝されまた旧工場建物の付近に設置してあったプレハブ造りの車庫等の屋根、外壁等のトタンが一部めくれて風にあおられてはためく有様で、何時強風、突風で剥離、飛散、倒壊するかも知れない危険な状況に在ったこと、現に台風一三号の襲来以前にも強風、突風などで旧工場建物の屋根のところに取付けてあった雨樋が落下したり、窓枠、壁面の一部が剥離して落下したり、給湯タンクの一部やあるいは煙突の頂上部分が崩壊したこともあること、労使双方の委員で構成する清掃事業安全衛生委員会(労働者が安全かつ衛生的に業務に従事できるよう職場環境の整備改善を目的として昭和五五年四月ころ発足したもの)も昭和五七年以前ころから屡々その会議において旧工場建物及びその付帯設備(灰出ホッパー、煙突等)の早期撤去、プレハブ造り車庫等の早急な建え替えの必要性を強く指摘し、又労働組合による職場要求でも度々右の点を指摘し改善方を求めており、被告においても可及的速かな撤去、建替えによる改善の必要性を痛感していたが、旧工場建物の解体に伴う大型新規工場建物の設営に対して付近住民から公害を理由に強い反対を受けていたため、右の改善策の実行が遷延していたこと、台風一三号による前記二に認定の被害が発生した後の昭和六一年ころに至り被告は漸く、旧工場建物、倉庫、車庫、煙突等の旧施設の全面取壊を行ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  尤も、《証拠省略》によると、台風一三号は「九州の南海上を西に進み、九州直撃の可能性はない。」との福岡管区気象台の予報を裏切って八月三一日未明枕崎付近に上陸し、九州西海岸を北上したこと、そして同台風は福岡市内で最大風速毎秒二〇・六メートル、最大瞬間風速毎秒四一・六メートルで、同気象台の昭和五四年以降の記録上その例を見ない程大規模な台風であったこと、又被告において昭和五九年頃旧工場建物の一部である灰出ホッパーの腐蝕が酷かったため、これを取壊し崩壊した煙突頂上部を金具で補修するなどの応急措置をしたり旧工場建物付近に立札をたてロープを張りめぐらして立入り禁止の措置を講じていた事実が認められ、被告はこれらの点を捉え、本件事故は前代未聞の大規模な台風という不可抗力に因るものであるとか、旧工場建物その他の施設について常に安全な維持管理に努めて来たので通常有すべき安全性に欠けるところはなかった旨主張する。

然し、台風が予報に反して進路を急変することがあることは、これまで屡々経験しているところであり、また台風の規模が従前に見られなかった程大型であった点についても、前記二で認定したとおり、旧工場建物やその付帯施設等の老朽化が進み、台風一三号の襲来以前にも強風などで壁面の一部が剥離、落下したり、崩壊したりした事実があるのであって、これらの営造物が通常有すべき安全性を有していたとは到底認め難く、従って、また本件事故を専ら台風一三号という自然力のなせる業とし、これを不可抗力による事故と認めることもできない。

更に被告主張の立入禁止の措置も、旧工場建物の本体付近に止まり、原告を含む市職員が駐車していた辺りは立入り禁止、駐車禁止の区域外であり、安全確保のための措置としては決して充分であったとは言い難い。

従って、被告のこの点に関する主張は採用し難い。

(三)  しかし乍ら反面、《証拠省略》によると、旧工場建物及び付帯施設の老朽化が進み、腐蝕が酷くて一部剥離、落下したり又は倒壊し、プレハブ造りの車庫、倉庫等のトタンの一部がめくれかけて風にはためくなど危険な状況に在ったことは、原告も清掃事業安全衛生委員会の委員あるいは労働組合の執行委員を勤めていて知悉していたこと、旧建物工場から約一〇〇メートル程離れた清掃工場施設外に約六、七〇台収容できる正規の駐車場があって、しかも本件事故発生の当日は土曜日で職員の半数しか出勤しておらず、マイカー出勤者全員の駐車も可能であったこと、原告車両は本件事故の前日納車になった許りの新車で、原告はこれを前記甲第七号証の一の図面記載のとおり、他の七台の市職員の自動車とともに旧工場建物及び付帯施設の直近にある資材倉庫の傍らの位置に駐車していたこと、本件事故当日、台風一三号の風雨が一段と激しくなった際、原告は近くの控室内からこの様子を現認し乍ら敢えて自己所有車を右の位置から前記正規の駐車場内等安全な場所に移しかえるなどの措置をとらず放置していたことが認められる。自己の財産は自らの責任においてこれを守るのが当然というべきところ、右認定事実によれば、本件事故発生の現場である原告の前記駐車位置は台風一三号の影響による被害発生の危険性が極めて高いことが原告においても十分予測し得しかも風雨が激しさを増すにつれ益々その危険性が高まったにも拘らず、原告はその後も自己の大切な財産である自動車(而も前日納車した許りの新車)を敢えて危険な右現場に放置していたもので、その責任は決して軽からぬものがあり、このことも本件事故発生の重要な要因を成していたものというべきであるから、この点は原告の損害算定に当って考慮されるべき事情に当るといわねばならない。而してこの点に関し原告が自ら負担すべき過失割合はこれを六割と解するのが相当である。

四  《証拠省略》によると、原告の被害車両に対する修理費の見積は総額一四万九四〇〇円となっていることが認められるが、然し右本人尋問の結果によればそのうちフロントウインドーガラスやモールの取替費九万七七〇〇円については、原告は本件事故発生後今日まで右フロントウインドーガラス、モールの取替の修理を実施することなく走行し、別段の支障を来した形跡もないことが認められるので、結局実際に要した修理費は塗装等に要した金五万一七〇〇円と認めるのが相当である。而して原告自ら負担すべき過失割合は六割であること前述のとおりであるので、原告が被告に対し請求し得る損害額はその四割に相当する金二万〇六八〇円となる。

次に本件訴訟の提起、維持に要した弁護士費用として被告に負担さすべき額は前述した本件事案の性質態様等に照らし金五〇〇〇円を以って相当と認める。

五  よって、原告の本訴請求は被告に対し右合計金二万五六八〇円及び内金二万〇六八〇円に対する本件事故発生の翌日である昭和六〇年九月一日以降完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤浦照生)

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